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神戸家庭裁判所 昭和36年(家イ)477号 審判 1961年11月15日

申立人 宇野きみ子(仮名)

相手方 須藤実(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、別紙目録記載の物件を引き渡せ。

理由

申立人は、主文同旨の調停を求め、事件の実情として「申立人は、昭和三十六年三月二十日湯川正信夫妻の媒酌で、湯屋営業を営んでいる相手方と挙式し、内縁の夫婦として、相手方の肩書住所で夫婦生活に入つた。しかし、婚前交際もなかつたため、申立人と相手方とは、何彼につけて意見が一致せず、夫婦間の円満を欠いた。そのうえ新婚の申立人は、家事と湯屋業の手伝で過労におちいり、ついに意を決して、同年六月七日実家に帰り、父母とも相談のうえ、相手方に内縁の解消を申し入れた。ところが相手方は、申立人が持参した別紙目録記載の嫁入荷物の引渡については、たびたび請求しても、言を左右にして応じようとしない。よつてその引渡方について調停を求めるため、申立に及んだ次第である。」と陳述した。

相手方主張の要旨は「申立人と相手方との間には内縁を解消しなければならないような正当事由は存在しない。従つて、申立人が一方的に内縁を解消するについては、申立人は相手方に対し、これから生じた損害を賠償する義務がある。よつて相手方は申立人に対し、さきに交付した結納金五〇、〇〇〇円の返還及び挙式費用の賠償を請求する。また湯屋営業の関係上近隣の手前もあつて、相手方が受けた精神的打撃が大きいから、相当額の慰藉料をも請求する。これらの点について解決がなされるまでは本件申立には応じられない」というのである。

調停委員会は、昭和三十六年九月一日の第一回調停期日以来同年十一月九日まで六回にわたり、種々調停を試みたが、当事者の互譲が得られず調停は不成立に帰した。

しかしながら当裁判所は次のとおり判断する。当裁判所の事実調査の結果によれば、別紙目録記載の物件が申立人が嫁入りの際持参した申立人の特有財産であることは明らかである。そして本件において、申立人と相手方との内縁関係は、申立人がこれを解消する意思で相手方との夫婦生活をやめた昭和三十六年六月上旬をもつてすでに解消しているといわなければならない。まだ法律上の婚姻届をしていない申立人と相手方間の内縁関係においては、申立人がこれを解消することについて、正当の事由があつたかどうか、また相手方がこれに同意するかどうかを問わないのであつて、ただ正当の事由がなく内縁を解消するに至らしめた当事者が、他の一方に対し、損害賠償の責任を負うことがあるに過ぎない。それは婚姻が両性の合意のみに基いて成立するものである以上、他の一方からこれを強制することができないからである。従つて、その以後においては、申立人は何時でもその所有権に基いて特有財産の引渡を求めることができ、相手方はこれを引き渡さなければならない。もつとも、相手方は本件調停手続において、申立人に対し、内縁解消の責任がもつぱら申立人側にあることを主張し、結納金の返還及び生じた損害の賠償を求めている。しかし、これと申立人の所有権に基く特有財産引渡請求権とは、法律上別個独立のものであり、かつ、一方を履行しなければ他方の履行を求められないというような関係にあるものでもない。ただ相手方が、このような主張をしている以上、事件の真に円満な解決をはかるために、調停委員会はなお双方の互譲が得られるまで、調停を続行すべきであるかも知れない。しかし、本件は申立人が調停を申し立てて以来すでに三ヵ月を経過している。別紙目録記載物件中の衣類には季節のものもあるし、調度品には日常の必要品もある。そしてこれらの一部引渡についても調停委員会は調停に努めたが成功しなかつた。そうなると、本件の解決をこれ以上遅延させることは、事の性質上、申立人に必要以上の苦痛と損害を与えるおそれがある。一方申立人の特有財産の引渡を認めても、相手方が主張する損害賠償の請求についてはもとより十分の日時をかけて協議しうる筈であり、家庭裁判所もまたいずれの当事者からの申立によつてもその調停の用意があることはここにいうまでもない。以上の次第であるから、本件については調停不成立にかかわらず、特に職権による解決を相当と認め、調停委員の意見をきいたうえ、家事審判法第二四条を適用して、主文のとおり審判する。

(家事審判官 坂東治)

おつて、この審判に対しては二週間以内に異議の申立をすることができる。

(別紙)省略

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